
リネージュとは?
タイ古式ヒーラーの起源をたどっていくと、仏陀の健康を診ていた“医学の父”、シヴァカ・ゴーマラバットまでさかのぼります。また直系である師たちはもっとも崇高で信頼のおける位置づけにあり、今日でも、シヴァカ・ゴーマラバットはタイマッサージの世界で最も尊敬され広く行きわたった存在です。
“オールドメディシンホスピタル”について
オールドメディシンホスピタルはタイのチェンマイ市内に位置します。チェンマイは全てのタイプの伝統医学を学び育む中心地で、タイの中でもタイマッサージクリニックの密集した地域でもあります。その中でも、タイ式マッサージを学びたい西洋人のために開いたオールドメディシンホスピタルは一流の伝統医療センターとして評価され続けています。
アーチャン(“マスター”)シントーンについて
私たちの尊敬するAjahn Sintorn Chaichakan(シントーン・チャイチャカン先生)は、タイ古式マッサージスクールの創始者であり、初代講師でもありました。(Ajahn:アーチャンとは、師に対する尊敬を表す称号で“マスター”と訳される。)
アーチャン・シントーンはオールドメディシンホスピタルとシヴァカ・ゴーマラバット・リネージュの創始者です。師は1950年代後期に、ワット・ポーにて初めてタイの伝統医療を学びました。1958年には学位を完了し、その後も4年間、講師として在籍しました。それまでワット・ポーではタイ古式マッサージを教えてはいませんでした。また、ラマ9世:プミポン・アドゥンヤデート国王の個人的なリクエストに応じてハーブを用いたマッサージプログラムを開始したり、長年の間活躍しました。
1962年、師はチェンマイに戻り、街のいくつかのお寺にて小さな診療所を始めます。この頃のタイ政府は西洋医学のみを支援していたため、師の追及するタイ伝統の組織は、仏教機関とともにある存在でした。アーチャン・シントーンはタイ北部に定住し、マッサージとハーバル医学を北タイの文化となるよう努めました。また一方では、ワット・ポーの型どおりのマッサージは低迷していたため、師はチェンマイの飾らない気楽なスタイルを取り入れます。さらに師は、チェンマイのローカルなハーブ知識にも重点を置いて、ワット・ポーの教えの一部にとどまらない独自のトリートメントを開発します
1973年には、アーチャン・シントーンはチェンマイの中心地のすぐ外に土地を購入して、現在の施設を設立した。はじめはわずか10台のベッドがあるだけでしたが、トラディショナル・メディシンホスピタルの組織は現在の姿にまで成長を遂げました。1990年代には、1年プログラムには60〜70人のタイ人学生、さらに100人ほどにものぼる西洋人学生が卒業するようになりました。今日のオールドメディシンホスピタルは国と地域のマッサージ事業の安全性と伝統的な民間のヘルスケアに対する信頼性を統制、標準化するべく努力している。
アーチャン・シントーンは、2005年10月19日に生涯を終えるまで、校長としてオールドメディシンホスピタルに在籍していた。その後、師の息子、アーチャン・ワサンと甥のパラワット・ポンピアムが現在の校長を務めている。 |